冬季スポーツの華といえばスピードスケートですが、その中でも近年圧倒的な人気を誇るのが「マススタート」です。一斉にスタートを切るこの競技は、単なる速さの競い合いではありません。氷上で繰り広げられる高度な知略と心理戦から「氷上のチェス」とも称されています。
テレビ観戦をしていると、なぜ選手たちが急にスピードを上げたり、逆に集団の中でじっとしていたりするのか不思議に思うこともあるでしょう。その裏側には、緻密に計算された戦略が隠されています。この記事では、マススタートの戦術や駆け引きの面白さを、初心者の方にもわかりやすく丁寧に紐解いていきます。
マススタートの戦術と駆け引きが面白い理由とは?一斉スタートの魅力

スピードスケートの多くの種目は、2人の選手がタイムを競う「タイムトライアル」形式です。しかしマススタートは、最大20人程度の選手が同時に滑走を開始します。この形式の違いが、他の種目にはない独特な面白さと緊迫感を生み出しているのです。
一斉スタートが生むカオスと圧倒的な緊張感
号砲とともに大勢の選手が氷上になだれ込む光景は、マススタート最大の醍醐味です。セパレートコースがないため、選手たちは自由にコースを選べますが、その分選手同士の距離が非常に近く、常に接触の危険と隣り合わせの状態が続きます。
この密集した状態から、いかにスムーズに自分の得意なポジションを確保するか。スタート直後の数秒間だけで、すでに激しいポジション争いが始まっています。観客はこの一瞬の動きから、その日の各選手の調子や意気込みを感じ取ることができるのです。
また、他の種目とは異なり、選手はヘルメットや手袋の着用が義務付けられています。これは、集団走行での転倒トラブルに備えるためです。こうした装備からも、この競技がいかに激しく、格闘技に近い側面を持っているかが伝わってきます。
「氷上のチェス」と呼ばれる高度な頭脳戦
マススタートが「氷上のチェス」と呼ばれるのは、フィジカルの強さ以上に「いつ、どこで動くか」という判断力が勝敗を分けるからです。ただ闇雲に速く滑るだけでは、最後の一周まで体力を温存することはできません。
風の抵抗を誰に受けさせるか、どのタイミングで集団から抜け出すか。選手たちは滑りながら常に周囲の選手の表情や呼吸、エッジの音を観察しています。一見、集団の中でゆったり滑っているように見えても、頭の中ではフル回転で数手先の展開をシミュレーションしているのです。
この心理的な揺さぶり合いこそが、マススタートの真の面白さです。相手を焦らせ、ミスを誘い、自分に有利な状況をじわじわと作り上げていくプロセスは、まさにボードゲームのような奥深さを持っています。
最後まで勝者がわからない逆転劇の連続
レースは400メートルのトラックを16周、約6.4キロメートルの長丁場で行われます。序盤で大きくリードを奪った選手が、終盤に力尽きて集団に飲み込まれることもあれば、最後方で息を潜めていた選手が最終コーナーで一気に抜き去ることもあります。
特にラスト一周の爆発的なスピードアップは圧巻です。それまで温存していたエネルギーをすべて解放する瞬間、順位が目まぐるしく入れ替わります。ゴールラインを通過するその瞬間まで、誰がメダルを手にするか予測できないドキドキ感がファンの心を掴んで離しません。
このような劇的な展開は、選手それぞれの狙いが交錯することで生まれます。観戦する際は、集団のペースが上がったときに「誰が仕掛けたのか」に注目してみると、より深くレースを楽しめるようになります。
マススタートの面白さは、個人のスピードだけでなく「集団のダイナミズム」にあります。一人の選手の動きが波紋のように全体へ広がり、レース展開が刻一刻と変化していく様子は、まさにスポーツの醍醐味が凝縮されています。
ルールを把握して観戦を充実!得点システムと順位の決まり方

マススタートをより面白く観戦するためには、独特の「ポイント制」を理解することが欠かせません。この競技は単に早くゴールした人だけが評価されるのではなく、レース途中のパフォーマンスも順位に大きく影響する仕組みになっています。
4周ごとのドラマ!中間ポイントが戦術の鍵
マススタートでは、4周、8周、12周の通過時に「中間ポイント」が付与されます。各通過時点で1位から3位までの選手に、それぞれポイントが与えられる仕組みです。通常は1位に3点、2位に2点、3位に1点が加算されます。
この中間ポイントの存在が、レース展開に大きな変化をもたらします。最終ゴールでの上位入賞が難しいと判断した選手は、序盤からあえて集団を抜け出し、この中間ポイントを確実に稼ぐという戦略を取ることがあるからです。
中間ポイントを多く獲得しておけば、たとえ最終的なゴール順位が低くても、総合順位で上位に食い込むことが可能です。このように、レースの中に小さな「山場」がいくつも用意されているため、中だるみすることなく観戦を楽しむことができます。
ゴール時の爆発的なポイント加算と表彰台の関係
レースの最終結果を決定づけるのは、やはり16周目のゴール時に与えられる「最終ポイント」です。ここでのポイントは非常に大きく、1位に60点、2位に40点、3位に20点といった配分になっています(大会により微調整あり)。
この配点ルールがあるため、基本的には「ゴールで3着以内に入った選手」がそのままメダリストになります。上位3名については、中間ポイントをいくら稼いでいてもゴール順位の重みが勝るように設計されているのが特徴です。
しかし、4位以下の順位決定においては中間ポイントが威力を発揮します。ゴール順位が10位であっても、中間ポイントをしっかり獲得していれば、総合順位で5位や6位に入賞できるケースがあるのです。この「ポイントの積み上げ」が、選手たちの走りに多様性を生んでいます。
失格や周回遅れに関するシビアなルール
一斉に大人数が滑るため、安全管理のためのルールも厳格に定められています。例えば、他の選手を意図的に押したり、進路を強引に塞いだりする行為は即座に失格の対象となります。集団の中での激しい接触は避けられませんが、フェアプレーが強く求められます。
また、先頭の選手から「1周遅れ」にされた選手は、その場でレースから除外されてしまいます。これは安全確保と、周回遅れの選手が集団の邪魔にならないようにするための措置です。そのため、後方の選手たちも先頭から離されすぎないよう必死に食らいついていきます。
さらに、1周目は「様子見」の区間として設定されており、大きく加速して集団を乱す行為が禁止されている場合もあります。こうした細かなルールを知ることで、「なぜ今、選手たちはこういう動きをしているのか」という疑問が解消され、観戦の解像度がぐっと上がります。
勝負を左右する高度な戦術!ドラフティングと位置取りの妙

氷上という摩擦の少ない世界では、空気抵抗が最大の敵となります。マススタートにおいて、この目に見えない「風」をいかに味方につけるかが、勝敗を分ける最も重要な戦術ポイントといっても過言ではありません。
空気抵抗との戦い!ドラフティングの驚くべき威力
自転車競技でもおなじみの「ドラフティング(スリップストリーム)」は、マススタートの基本戦術です。前の選手にぴったりとつくことで、後ろの選手は空気抵抗を大幅に削減し、体力を温存することができます。
先頭で風を受け続ける選手に比べ、集団の真ん中にいる選手は20%から30%もエネルギー消費を抑えられると言われています。そのため、力のある有力選手ほど、レース中盤まではあえて先頭に出ず、集団の中に身を隠して力を蓄える傾向にあります。
逆に、集団のペースが遅すぎると感じたスタミナ型の選手が、自ら先頭に立ってペースを引き上げ、ライバルたちの体力を削りにかかることもあります。このように、誰が「風よけ」になり、誰がその恩恵を受けているかを見るのが通の楽しみ方です。
インコースかアウトコースか?絶妙な位置取り争い
16周という長い距離を走る中で、どこを滑るかも極めて重要です。最短距離を走れるのは当然インコースですが、そこは常に激戦区となります。多くの選手が密集するため、接触や転倒のリスクが最も高まる場所でもあります。
一方でアウトコースは、走行距離は伸びますが、視界が開けており、前方の状況に応じて加速や進路変更がしやすいメリットがあります。ラストスパートを見据えた際、あえて外側にポジションを取り、「いつでも飛び出せる準備」を整える選手も少なくありません。
集団の「内側で守る」のか、「外側で攻めるチャンスを伺う」のか。選手の立ち位置は、そのレースにおける彼らの自信や戦略を雄弁に物語っています。コーナーを曲がるたびに変化する隊列の形に、ぜひ注目してみてください。
集団をコントロールする先頭選手の心理と駆け引き
先頭を走る選手は、単に風を受けて損をしているだけではありません。実は、レースの「ペース」をコントロールできるという大きな特権を持っています。あえてスピードを落として集団を団子状態にし、後方の選手の体力をじわじわ奪うことも可能です。
また、先頭にいることで「自分の視界を遮るものがいない」という心理的優位性も得られます。背後の気配を感じながら、絶妙なタイミングでスパートをかける。後方の選手たちは、先頭の選手が「いつ仕掛けるか」に神経を尖らせ、常に緊張状態で追従しなければなりません。
このように、先頭と後方では抱えるストレスの種類が異なります。体力温存を優先するのか、精神的な支配力を取るのか。トップアスリートたちの極限状態での選択が、マススタートのドラマをより濃厚なものにしています。
ドラフティング中の選手は、前の選手の背中や腰の動きを注視しています。前の選手がわずかに出力を上げれば即座に反応し、1センチの隙間も作らないように滑走するのがプロの技術です。
チームプレーの妙!個人競技を超えた国別連携の面白さ

マススタートは形式上は個人種目ですが、オリンピックや世界選手権では同じ国から2名の選手が出場することが一般的です。ここで生まれるのが、一人のエースを勝たせるための「チーム戦」という驚きの戦略です。
二人の連携が生む最強のシナリオ
同じ国の選手同士が協力する場合、一人が「アシスト役」、もう一人が「エース(勝負役)」に徹するのが定石です。アシスト役の選手は、レース序盤から積極的に先頭に出て、エースのために最適な風よけになります。
また、ライバル国がアタック(急加速)を仕掛けた際、アシスト役がすぐに追いかけてその差を埋めることで、エースが無駄な体力を使わずに済むように守る役割も果たします。こうした献身的なサポートによって、エースの勝率は劇的に向上します。
観戦中、同じユニフォームの選手が前後で並んで滑っていたら、それは連携プレーが発動している証拠です。彼らがどのように役割を分担し、最終的な勝利を目指しているのかを読み解くのは、非常に知的な楽しみと言えるでしょう。
ライバルを封じ込める「壁」としての役割
チームプレーの技術の一つに、他国の有力選手をブロックする動きがあります。例えば、アシスト役の選手が集団の絶妙な位置に陣取ることで、ライバル選手がインコースから抜け出そうとする進路を物理的に塞ぐ、といった高度な駆け引きが行われます。
これはルール違反にならないギリギリの範囲で行われる、氷上のマナーと技術の戦いです。ライバルを「外側に追いやる」ことで、走行距離を増やさせたり、無駄な加減速を強いたりして、精神的・肉体的な消耗を誘います。
こうした連携は、普段から一緒に練習している仲間だからこそ成し得る技です。一人の力では勝てなくても、二人の知恵を合わせれば強敵を打ち破れる。このスポーツマンシップと戦略が融合した姿は、多くの観客の感動を呼びます。
おとり作戦でエースをゴールへ導く高度な心理戦
時には、アシスト役が猛烈な勢いで集団を飛び出し、あえて「逃げ」を打つこともあります。これを見たライバルたちは、「あのまま逃げ切られたらマズい」と焦り、追撃のために体力を消耗せざるを得なくなります。
しかし、実はこれはエースを温存させるためのおとり作戦であるケースが多々あります。ライバルたちが追撃に疲れた頃、満を持して本命のエースが集団から抜け出し、ゴールへと突き進むのです。この裏の裏をかくような騙し合いは、マススタートならではの醍醐味です。
おとりになった選手がそのまま中間ポイントを獲得し、エースが優勝するという「完璧なリザルト」を収める国もあります。個人の栄光を捨ててチームの勝利に貢献する、そんな熱い人間ドラマが氷の上で繰り広げられているのです。
チーム連携を意識して観戦すると、レースの見え方が180度変わります。誰が誰を助けているのか、どの国がどこと協力体制にあるのか。まるでミステリー小説の犯人探しのようなワクワク感がそこにはあります。
注目すべき選手の駆け引き!タイプ別の勝ち残り方

マススタートには、短距離の爆発力を持つ選手から、長距離のスタミナに定評のある選手まで、多様なバックグラウンドを持つ選手が集まります。それぞれの「持ち味」をどう活かして戦っているのかを知ると、応援にも熱が入ります。
スタミナ自慢の「逃げ」のスペシャリスト
長距離種目を得意とする選手は、最終的なスプリント勝負(最後の直線でのスピード勝負)では不利になることが多いため、早い段階で勝負を仕掛ける傾向があります。これを「逃げ」と呼びます。
彼らの狙いは、集団を大きく引き離して中間ポイントを独占し、そのままの勢いでゴールまで逃げ切ることです。たとえ最後に追いつかれたとしても、道中で稼いだポイントによって上位入賞を確保できるため、非常に賢い戦い方と言えます。
孤独に先頭を走り続ける勇気と、一定のリズムで滑り続ける強靭なスタミナ。こうした「逃げ馬」タイプの選手が一人いるだけで、レース全体のスピードが跳ね上がり、展開が非常にスリリングなものへと変わります。
爆発的なスプリントを持つ「追い上げ」型
一方で、1500メートルなどの短・中距離をメインとする選手は、レースの9割を「潜伏」に費やします。集団の中で極限までエネルギーを節約し、ラスト一周、あるいは最後の直線だけで勝負をかけます。
彼らの魅力は、なんといってもその爆発的な加速力です。それまで中団に埋もれていた選手が、ゴール直前で一気に加速し、まるで別次元のような速さで前方の選手をごぼう抜きにするシーンは、観る者に強烈な爽快感を与えてくれます。
ただし、このタイプは途中で転倒に巻き込まれたり、進路を塞がれたりすると一気に不利になります。そのため、スプリント力だけでなく、「隙を見つけて瞬時に飛び出す」瞬発的な判断力が求められる、非常にテクニカルなスタイルです。
コーナリング技術が勝敗を分けるショートトラック出身者
マススタートには、ショートトラックから転向してきた選手も多く出場しています。彼らの強みは、狭いスペースでの身のこなしと、圧倒的なコーナリング技術です。一般的なスピードスケート選手よりも、急な進路変更や密集地での滑走に長けています。
ラストスパートの際、コーナーの内側のわずかな隙間にエッジを滑り込ませて順位を上げる技術は、ショートトラック出身者ならではの職人芸です。また、相手の動きを先読みしてブロックするなどの「駆け引き」にも非常に長けています。
直線での純粋なスピード勝負ではなく、「コーナーで勝負を決める」彼らの動きに注目すると、マススタートの技術的な奥深さをより実感できるはずです。各選手の経歴を少し調べておくだけで、レースの注目ポイントが明確になります。
| 選手タイプ | 得意な展開 | 主な戦略 |
|---|---|---|
| スタミナ型 | ハイペースな長距離戦 | 早めに集団を抜け出し、中間ポイントを稼ぐ。 |
| スプリンター型 | スローペースからの急加速 | 終盤まで集団で温存し、ラスト1周で勝負する。 |
| ショートトラック型 | 混戦状態のテクニカル戦 | コーナーでの追い抜きや、巧みな位置取りで勝機を伺う。 |
マススタートの戦術・駆け引き・面白さを再確認して観戦を楽しもう
マススタートは、スピードスケートの新しい魅力がぎゅっと詰まった刺激的な競技です。最後に、この記事で紹介した「面白さのポイント」を簡潔に振り返ってみましょう。これらを意識するだけで、次の観戦が何倍も楽しくなるはずです。
まず、「一斉スタートが生むポジション争い」の迫力を楽しんでください。誰がどこに陣取っているのか、その位置取り一つに選手の意図が込められています。スタート直後から目が離せない緊張感が、この種目の醍醐味です。
次に、「中間ポイントを巡る駆け引き」に注目しましょう。ゴール順位だけでなく、レース途中の4周・8周・12周での通過順位が、最終的な総合順位にどう響くのか。計算しながら観戦することで、知的な面白さが加わります。
そして、最も奥深いのが「空気抵抗(ドラフティング)とチーム連携」です。誰が風除けになり、誰が恩恵を受けているのか。同じ国の選手がどのように協力してライバルを封じ込め、エースを勝利に導くのか。そのチームプレーは、まさにスポーツの美学と言えるでしょう。
マススタートは、速いものが勝つという単純なルールを超え、知力・体力・時の運が複雑に絡み合うエンターテインメントです。選手のタイプや国ごとの戦略を知れば知るほど、氷上のドラマは深みを増していきます。ぜひ、自分なりの「推し選手」や「注目ポイント」を見つけて、熱い戦いを応援してみてください。



