ノルディック複合の日本人歴代メダリストを解説!冬季スポーツの歴史に刻まれた栄光の軌跡

ノルディック複合の日本人歴代メダリストを解説!冬季スポーツの歴史に刻まれた栄光の軌跡
ノルディック複合の日本人歴代メダリストを解説!冬季スポーツの歴史に刻まれた栄光の軌跡
スキー/ノルディック複合

冬季オリンピックの花形競技の一つであるノルディック複合は、スキージャンプとクロスカントリーの2種目を組み合わせて競う過酷なスポーツです。その過酷さから、勝者は「キング・オブ・スキー」と称えられます。日本はこの競技において、世界を席巻した黄金時代から、苦難の時代を経て再び世界の頂点を争う現在に至るまで、輝かしい歴史を持っています。

今回の記事では、ノルディック複合の日本人歴代メダリストに焦点を当て、彼らがどのようにして世界の強豪と渡り合ってきたのかを詳しく紐解いていきます。過去の名選手から現役で活躍するスター選手まで、その功績を知ることで、これからの冬季スポーツ観戦がより一層楽しくなるはずです。日本人選手の強さの秘密や、感動のメダル獲得シーンを振り返っていきましょう。

ノルディック複合で日本人歴代メダリストが歩んだ栄光の歴史

日本のノルディック複合は、1990年代に爆発的な強さを誇りました。当時、日本チームは世界最強と目され、オリンピックや世界選手権で次々とメダルを獲得していきました。このセクションでは、日本が歩んできたメダル獲得の歴史を、時代背景とともに振り返っていきます。

アルベールビルからリレハンメルへ続く黄金時代

1992年のアルベールビル大会、そして1994年のリレハンメル大会は、日本ノルディック複合界にとってまさに「黄金時代」と呼ぶにふさわしい時期でした。アルベールビル大会では、荻原健司選手、河野孝典選手、三ヶ田礼一選手の3人で挑んだ団体戦で見事に金メダルを獲得しました。これは日本のノルディック複合史上、初の快挙であり、日本中に大きな感動を与えた瞬間です。

続く1994年のリレハンメル大会でも、日本チームの勢いは止まりませんでした。団体戦では、メンバーを荻原健司選手、河野孝典選手、阿部雅司選手に入れ替え、2大会連続となる金メダルを獲得しました。さらに個人種目でも、河野孝典選手が銀メダルを獲得するなど、日本勢が表彰台の常連となった時代です。この時期の強さは、ジャンプでの圧倒的なアドバンテージをクロスカントリーで守り切るという、日本独自のスタイルが確立されていました。

当時の日本チームは「ジャンプで勝負を決める」と言われるほど、飛躍の技術が突出していました。後半のクロスカントリーで他国の選手が追い上げてきても、逃げ切れるだけの点差をジャンプで稼いでいたのです。この戦術は世界に衝撃を与え、後にルール改正が行われるほどの影響力を持っていました。黄金時代の選手たちは、まさに世界のノルディック複合の歴史を塗り替えた先駆者たちだったのです。

長野大会後の苦難とルール改正への対応

自国開催となった1998年の長野大会では、大きな期待がかかりましたが、惜しくもメダル獲得には至りませんでした。その後、ノルディック複合のルールは大きな転換期を迎えます。日本が得意としていたジャンプの比重を下げ、クロスカントリーの走力を重視する方向へとルールが改正されたのです。これにより、日本チームは長い低迷期に入ることになりました。

このルール改正は「日本封じ」とも囁かれましたが、日本チームはこれを乗り越えるために必死の努力を続けました。ジャンプの優位性が薄れた分、クロスカントリーのトレーニングを強化し、世界レベルの走力を身につけることが急務となったのです。一時期は表彰台から遠ざかる日々が続きましたが、次世代の選手たちは着実に力を蓄え、再び世界と戦う準備を整えていきました。

低迷期の間も、選手たちは決して諦めることはありませんでした。技術的な工夫を重ね、ヨーロッパの強豪選手たちに対抗するための新しい戦術を模索し続けたのです。この時期の苦労があったからこそ、後の渡部暁斗選手をはじめとする新世代の活躍に繋がったと言えるでしょう。伝統を守りつつ、新しい時代に適応しようとする日本チームの姿勢が、再び光を放つ時を待ちわびていたのです。

渡部暁斗選手が切り開いた現代の躍進

2010年代に入り、日本ノルディック複合界に新たな光をもたらしたのが渡部暁斗選手です。彼は2014年のソチ大会で個人ノーマルヒル銀メダルを獲得し、日本にとって実に20年ぶりとなるオリンピックのメダルをもたらしました。これは、長年の低迷期を完全に打ち破る歴史的な快挙であり、日本の復活を世界に知らしめる出来事となりました。

渡部暁斗選手の強さは、ジャンプとクロスカントリーの両方で高いレベルを維持している点にあります。現代のノルディック複合では、どちらか一方が秀でているだけでは勝てません。彼は非常に高い身体能力と知的なレース運びを武器に、常に世界のトップ争いに加わってきました。2018年の平昌大会でも再び銀メダルを獲得し、2大会連続のメダル獲得という偉業を成し遂げています。

さらに2022年の北京大会では、渡部選手が個人ラージヒルで銅メダルを手にし、団体戦でも24年ぶりとなる銅メダルを獲得しました。ベテランとなった彼がチームを牽引し、若手選手とともに勝ち取った団体メダルは、日本のノルディック複合が再び組織力で戦えるようになった証です。渡部選手という大黒柱の存在が、今の日本チームの精神的な支えとなっているのは間違いありません。

ノルディック複合は「スキージャンプ」と「クロスカントリー」の2つを組み合わせて行われます。ジャンプで高いポイントを獲得すると、後半のクロスカントリーで先にスタートできるルール(グンダーセン方式)が一般的です。

オリンピックで輝いた日本人メダリスト一覧

これまでに多くの日本人選手が、オリンピックの舞台でメダルを勝ち取ってきました。ここでは、過去の大会におけるメダル獲得状況を整理してご紹介します。団体戦と個人戦、それぞれで刻まれた輝かしい記録を確認してみましょう。

団体戦で勝ち取った誇り高き金メダル

日本のノルディック複合を語る上で欠かせないのが、団体戦での劇的な勝利です。チーム一丸となって勝ち取ったメダルは、個人メダルとはまた違った感動を呼び起こします。日本はこれまで、団体戦において3つのオリンピックメダルを獲得しています。その内訳は金メダルが2回、銅メダルが1回となっています。

1992年のアルベールビル大会での金メダルは、まさに「新星・日本」が世界を驚かせた瞬間でした。続いて1994年のリレハンメル大会でも圧倒的な強さを見せつけ、2連覇を達成しました。この2つの金メダルは、当時の日本チームがどれほど強力だったかを象徴しています。メンバー構成は変わりましたが、チームワークの良さと戦略の的中が勝利を呼び込みました。

その後、長い年月を経て2022年の北京大会で、日本は再び団体戦の表彰台に上りました。渡部暁斗選手、渡部善斗選手、永井秀昭選手、山本涼太選手の4人で挑んだこの大会では、粘り強い走りで銅メダルをもぎ取りました。28年ぶりとなる団体メダルは、日本のノルディック複合が再び世界の強豪としての地位を取り戻したことを証明する、非常に価値のあるものでした。

個人種目で世界の頂点に立ったレジェンド

個人種目においても、日本人選手は数々のドラマを作ってきました。個人戦は選手一人ひとりの技術、体力、そして精神力が試される過酷な舞台です。日本人選手が個人種目で獲得したメダルは、銀メダルが3個、銅メダルが1個となっています。意外なことに、オリンピックの個人種目での金メダルはまだ獲得できていませんが、その輝きは金メダルに引けを取りません。

1994年のリレハンメル大会では、河野孝典選手が個人戦で銀メダルを獲得しました。これは日本人として個人種目初のオリンピックメダルであり、後の選手たちに大きな自信を与えました。河野選手はクロスカントリーでの力強い走りが持ち味で、ジャンプで上位につけた後の粘りが光りました。まさに「走れる日本人」の先駆けとなった存在と言えるでしょう。

時が流れ、渡部暁斗選手がソチ大会、平昌大会、そして北京大会と、3大会連続で個人メダルを獲得するという驚異的な記録を打ち立てました。ソチと平昌での銀メダル、そして北京での銅メダル。渡部選手は、ルールや道具が進化する中で、常に世界のトップランナーであり続けました。彼の獲得したメダルは、日本のノルディック複合が技術革新に対応し続けてきた歴史そのものです。

複数大会でメダルを獲得した鉄人たち

ノルディック複合は非常に体力の消耗が激しいスポーツであるため、長期にわたってトップレベルを維持することは至難の業です。しかし、日本人選手の中には複数の大会でメダルを獲得し続けた「鉄人」たちが存在します。その代表格は、黄金時代を支えた選手たちと、現代の絶対的エースである渡部暁斗選手です。

荻原健司選手は、アルベールビルとリレハンメルの2大会で団体金メダルを獲得しています。また、世界選手権では個人で連覇を果たすなど、まさに「キング・オブ・スキー」の名を欲しいままにしました。彼の圧倒的なカリスマ性と実力は、当時の日本チームの精神的支柱となっていました。オリンピックの個人メダルこそ逃しましたが、彼の残した功績は計り知れません。

渡部暁斗選手は、実に4大会のオリンピックに出場し、そのうち3大会でメダルを手にしています。2014年から2022年にかけて、個人で3つ、団体で1つの合計4つのメダルを獲得しており、これは日本人ノルディック複合選手として最多の獲得数です。長年にわたって大きな怪我もなく、常に世界一を目指して戦い続ける姿勢は、多くのスポーツファンに感銘を与えています。

【オリンピック日本人メダリスト早見表】

大会 種目 選手名 メダル
1992 アルベールビル 団体 三ヶ田礼一、河野孝典、荻原健司 金メダル
1994 リレハンメル 団体 河野孝典、阿部雅司、荻原健司 金メダル
1994 リレハンメル 個人 河野孝典 銀メダル
2014 ソチ 個人NH 渡部暁斗 銀メダル
2018 平昌 個人NH 渡部暁斗 銀メダル
2022 北京 個人LH 渡部暁斗 銅メダル
2022 北京 団体 渡部暁斗、渡部善斗、永井秀昭、山本涼太 銅メダル

日本ノルディック複合界を牽引した伝説の選手たち

メダリストたちの功績は、数字としての記録だけでなく、彼らの生き様や競技への姿勢そのものにあります。日本ノルディック複合を語る上で絶対に外せない、伝説的な選手たちのエピソードを紹介します。彼らがどのような思いで雪原に立ち、戦ってきたのかを知ることで、競技への理解がより深まるでしょう。

「キング・オブ・スキー」荻原健司の功績

1990年代、世界のノルディック複合界にその名を轟かせたのが荻原健司選手です。彼は「キング・オブ・スキー」という称号を世界から与えられるほど、圧倒的な強さを誇りました。特にスキージャンプの技術が卓越しており、K点(ジャンプ台の基準点)を軽々と越える大ジャンプで、後半のクロスカントリーが始まる前に勝負を決定づけてしまうことも珍しくありませんでした。

荻原選手の凄さは、その勝負強さとリーダーシップにありました。オリンピック団体戦での2連覇はもちろん、ワールドカップでは個人総合3連覇という前人未到の記録を樹立しました。世界選手権でも金メダルを量産し、当時の海外勢からは「荻原に勝つにはルールを変えるしかない」と言わしめるほどの存在感だったのです。彼の活躍により、日本でのノルディック複合の知名度は一気に高まりました。

現役引退後も、荻原選手は指導者や政治家として多方面で活躍していますが、彼の残したスピリットは今も日本チームに受け継がれています。彼が築いた「世界で勝つためのメンタリティ」は、後の選手たちが困難に直面した際の大きな道標となりました。日本のウィンタースポーツ史上、最も成功したアスリートの一人として、彼の名前は永遠に語り継がれるでしょう。

粘り強い走りで魅了した河野孝典と阿部雅司

黄金時代の日本チームは、荻原選手だけでなく、脇を固める選手たちも超一流でした。その筆頭が河野孝典選手です。彼は荻原選手とともに団体金メダルに貢献しただけでなく、リレハンメル大会の個人戦で銀メダルを獲得しました。河野選手の武器は、何と言ってもクロスカントリーでの驚異的な粘り強さです。苦しい局面でも顔色を変えず、黙々と前を追う姿は多くのファンの心を打ちました。

また、阿部雅司選手も団体金メダルの立役者の一人です。彼は1994年のリレハンメル大会で団体戦のメンバーとして出場し、見事に金メダルを首にかけました。阿部選手は非常に安定感のある選手で、ジャンプとクロスカントリーの両方で計算できる実力を持っていました。チームのバランスを保ち、勝利への流れを作る職人的な技術は、団体戦において欠かせない要素だったのです。

河野選手と阿部選手、そして荻原選手という、それぞれの個性が完璧に噛み合ったからこそ、あの黄金時代が実現しました。彼らは単なるチームメイトではなく、お互いを高め合うライバルでもありました。練習から一切の妥協を許さない姿勢が、当時の日本チームの異常なまでの強さを支えていたのです。彼らの走りは、まさに日本のノルディック複合の原点と言えるでしょう。

現代の顔として君臨する渡部暁斗の強さ

黄金時代が過ぎ去った後、日本ノルディック複合の看板を一人で背負うかのような重圧の中で戦い続けてきたのが渡部暁斗選手です。彼は、ルール改正によってクロスカントリーの重要性が増した現代の複合において、世界最強の一角として長年君臨しています。彼のプレースタイルは、緻密な計算とたゆまぬ努力の結晶であり、非常に高い完成度を誇っています。

渡部選手の最大の特徴は、どのようなコンディションでも崩れない安定感です。風向きに左右されやすいスキージャンプでも大過なくまとめ、後半のクロスカントリーでは世界トップクラスの選手たちと互角以上に渡り合います。特に、最後のスプリント勝負(ゴール直前の競り合い)における勝負勘の鋭さは、世界中のライバルたちからも恐れられています。冷静沈着でありながら、内面には熱い闘志を秘めた選手です。

さらに、渡部選手は自分の技術を惜しみなく後輩たちに伝える教育者としての側面も持っています。彼の背中を見て育った若手選手たちが、2022年の北京大会での団体メダル獲得に大きく貢献しました。個人としての成績だけでなく、日本チーム全体のレベルを底上げした功績は計り知れません。まさに、現代の日本ノルディック複合界における絶対的なリーダーであり、生ける伝説と言えるでしょう。

渡部暁斗選手は、2017-2018シーズンにワールドカップ個人総合優勝を果たしています。これは日本人として荻原健司さん以来、23年ぶりの快挙でした。

世界選手権で活躍した日本人選手と主要な戦績

オリンピックだけでなく、2年に一度開催される世界選手権もノルディック複合における最高峰の舞台です。世界選手権では、オリンピック以上に多彩な種目が行われることもあり、多くの日本人選手がメダルを獲得してきました。ここでは、世界選手権における歴史的な戦績を紹介します。

世界選手権における日本人初の快挙

世界選手権での日本人メダリストの歴史は、1991年のイタリア・ヴァル・ディ・フィエンメ大会から本格的に始まりました。この大会で、日本チーム(三ヶ田礼一、阿部雅司、荻原健司)は団体戦で銅メダルを獲得しました。これが世界選手権の舞台における、日本人初のメダル獲得となりました。当時はまだ世界的に無名だった日本が、強豪国と対等に戦えることを証明した瞬間です。

この銅メダルは、翌年のアルベールビルオリンピックでの金メダル獲得への大きな足がかりとなりました。選手たちは世界選手権での手応えを胸に、さらなるトレーニングに励みました。世界選手権という「世界の縮図」のような大会で結果を残したことは、日本チーム全体の自信を劇的に向上させたのです。ここから、日本の快進撃が幕を開けることになります。

初メダルから数えて、日本はこれまでに世界選手権で多くのメダルを獲得してきました。オリンピックが「4年に一度の特別な祭り」であるならば、世界選手権は「真の実力を証明する場」としての側面が強いと言えます。そこでコンスタントに結果を出し続けてきたことは、日本のノルディック複合の層の厚さを示しています。先人たちの切り開いた道が、今もなお続いています。

荻原健司が達成した前人未到の3連覇

世界選手権の歴史の中で、最も輝かしい記録の一つが荻原健司選手による個人戦の活躍です。彼は1993年のファルン大会、1995年のサンダーベイ大会、そして1997年のトロンハイム大会と、個人戦で3連覇を達成しようと挑み続けました。1993年と1995年は見事に金メダルを獲得し、世界一の座を不動のものとしました。3連覇こそ逃しましたが、その強さは語り草になっています。

特に1993年の大会では、2位以下に大差をつける圧倒的な勝利でした。ジャンプで他を寄せ付けない得点を叩き出し、クロスカントリーでは余裕を持ってゴールする姿は、まさに王者の風格でした。この時期の荻原選手は、技術・体力・精神のすべてがピークにあり、世界中のどの選手も彼を止めることができませんでした。世界選手権での金メダルは、彼の実力が本物であることを世界に知らしめたのです。

世界選手権での勝利は、ワールドカップでのポイントにも大きく影響します。荻原選手は世界選手権での勢いをそのままワールドカップに持ち込み、何度も表彰台の中央に立ちました。彼の活躍によって、日本はノルディック複合の「聖地」である北欧のファンからも敬意を払われるようになりました。一人の選手が、競技全体の勢力図を塗り替えてしまった稀有な例と言えるでしょう。

団体戦で再び世界を驚かせた2009年の奇跡

黄金時代が終わり、長い沈黙が続いていた日本チームでしたが、2009年のリベレツ世界選手権で劇的な復活を遂げました。湊祐介、加藤大治郎、渡部暁斗、小林範仁の4人で挑んだ団体戦で、日本は14年ぶりとなる金メダルを獲得したのです。これは、当時のファンや関係者にとっても驚きを持って迎えられた、まさに「奇跡」のような勝利でした。

この大会の金メダルは、若き日の渡部暁斗選手が含まれていたことも注目に値します。ベテランの小林選手がチームをまとめ、若手がその勢いに乗るという理想的な展開でした。最終走者の小林選手が、ドイツやノルウェーといった強豪国の追い上げを振り切ってトップでゴールした瞬間、日本のノルディック複合の新しい歴史が動き始めました。低迷期に耐え、地道に努力を続けてきたことが報われた瞬間でした。

2009年の優勝は、その後の日本チームに大きな希望を与えました。どんなにルールが変わっても、どんなに苦しい時期が続いても、正しく努力を続ければ再び世界の頂点に立てることを証明したのです。この勝利があったからこそ、ソチ大会以降の渡部暁斗選手の個人メダルや、北京大会での団体メダルへと繋がる道筋が出来上がったと言っても過言ではありません。

世界選手権での金メダル獲得数で見ると、日本はノルディック複合における歴史的な強豪国の一つとして数えられています。

ノルディック複合のルールと観戦の楽しみ方

ノルディック複合をより深く楽しむためには、その独特なルールを知っておくことが大切です。ただ速く滑る、遠くへ飛ぶだけではない、この競技ならではの「駆け引き」や「戦略」を知ることで、観戦の面白さは何倍にも膨らみます。ここでは、初心者の方向けに基本的なポイントを分かりやすく解説します。

ジャンプの成績が後半の走りを決める「グンダーセン方式」

現在のノルディック複合で最も一般的なルールが「グンダーセン方式」です。これは、最初に行われるスキージャンプのポイントを時間に換算し、後半のクロスカントリーのスタート順と時間差を決めるという画期的なシステムです。例えば、ジャンプで1位になった選手と2位になった選手のポイント差が「15ポイント」あったとすると、クロスカントリーでは1位の選手がスタートしてから「1分後」に2位の選手がスタートするという形になります。

このルールの最大の特徴は、「クロスカントリーで最初にゴールした選手がそのまま優勝」になるという点です。非常にシンプルで分かりやすいため、観客もレースの状況を一目で把握することができます。逃げるジャンプ巧者と、それを追うクロスカントリー強者という構図は、レースの後半になればなるほど緊張感が増していきます。最後の直線で逆転劇が起こることもあり、片時も目が離せません。

選手たちにとっては、ジャンプでどれだけ貯金(時間差)を作れるかが勝負の鍵を握ります。日本人選手は伝統的にジャンプが得意な選手が多く、前半を首位や上位で折り返すことが多いのが特徴です。そのため、後半のクロスカントリーで後続の追い上げをどう凌ぐか、あるいは誰と一緒に走って体力を温存するかといった、知的な戦略も非常に重要になってきます。

ラストスパートの駆け引きが見どころのクロスカントリー

後半のクロスカントリーは、ただ全力で滑れば良いというものではありません。10kmという長い距離(個人ノーマルヒルの場合)を滑る中で、どのタイミングで仕掛けるかが勝敗を分けます。特に上位の選手がグループを作って走る場合、空気抵抗を避けるために他人の後ろにつく「スリップストリーム」を利用した駆け引きが頻繁に行われます。

最大の見どころは、やはりゴール手前のラストスパートです。残り数キロ、数メートルというところで、温存していた体力を一気に解放してライバルを突き放します。ここでは純粋な走力だけでなく、どのコース取りが有利かを見極める判断力や、相手の疲れを察知する観察力が求められます。トップレベルの選手同士の競り合いは、まさに「雪上のマラソン」と呼ぶにふさわしい迫力があります。

また、クロスカントリーのコースには急な上り坂や高速のダウンヒル(下り坂)が含まれています。上り坂での力強い推進力や、下り坂でのスキー操作技術も重要な要素です。日本人選手、特に渡部暁斗選手はこの駆け引きが非常にうまく、ライバルとの心理戦を楽しみながらレースを進めているようにも見えます。ゴール前のデッドヒートを制した時の爽快感は、ノルディック複合観戦の醍醐味です。

日本人選手が得意とする「飛躍」と「走力」のバランス

ノルディック複合において、日本人がなぜこれほどまでに活躍できるのか。その理由は、スキージャンプの技術力と、それを支える繊細な感覚にあります。ジャンプは力任せに飛ぶのではなく、風を捉える技術や踏み切りのタイミングといった、非常に緻密な感覚が要求されます。日本人の真面目で研究熱心な気質が、この競技の特性にマッチしていると言えるでしょう。

一方で、課題とされていたクロスカントリーの走力についても、近年の日本人選手は飛躍的な向上を見せています。科学的なトレーニングの導入や、海外遠征を通じた実戦経験の積み重ねにより、世界トップクラスの選手と互角に渡り合える体力を手に入れました。現在の日本人選手は、「ジャンプで逃げ切り」だけでなく、「走りで逆転」という展開も作れるようになっています。

「飛躍」のセンスと「走力」の粘り強さ。この相反する二つの要素を高いレベルで両立させているのが、現在の日本代表チームです。若い選手の中には、山本涼太選手のようにジャンプで圧倒的な飛距離を出す選手もいれば、走りで猛追を見せる選手も出てきています。個々の個性が融合した時の爆発力は、これからの国際大会でも大きな武器になるはずです。バランスの取れた日本人選手の活躍に注目してみましょう。

【ノルディック複合の観戦ポイント】

・ジャンプ:着地した時のテレマーク姿勢がきれいに決まっているかチェック!

・スタート時:ジャンプの点差が何秒に換算されているか確認しよう。

・レース中:日本人選手がどの位置(集団の何番目)で滑っているかに注目!

・ゴール:最後の大逆転はあるか?ゴールラインを越える瞬間の順位が最終結果です。

まとめ:ノルディック複合日本人歴代メダリストの系譜を未来へ

まとめ
まとめ

ノルディック複合における日本人歴代メダリストたちの歩みは、日本の冬季スポーツの誇りそのものです。1990年代の荻原健司選手たちによる黄金時代から、渡部暁斗選手が切り開いた現代の再躍進まで、常に日本は世界という高い壁に挑み続けてきました。ルール改正や世代交代といった幾多の困難を乗り越え、獲得してきたメダルの数々は、選手たちのたゆまぬ努力と情熱の結晶です。

彼らの活躍を知ることで、テレビの向こう側で戦う選手たちの姿がより身近に感じられるのではないでしょうか。ジャンプでの爽快な飛躍と、クロスカントリーでの泥臭くも力強い走り。その両方を極めようとする「キング・オブ・スキー」たちの挑戦は、これからも続いていきます。過去の偉大なメダリストたちが築いた伝統は、確実に次世代の若手選手たちへと引き継がれています。

これからの冬季シーズン、雪原を舞台に繰り広げられる熱い戦いをぜひその目で確かめてみてください。日本人選手が再び表彰台の頂点に立ち、新たな歴史の1ページを刻む瞬間を一緒に応援しましょう。ノルディック複合という競技が持つ奥深さと、日本人メダリストたちの輝かしい軌跡を知ることで、あなたのスポーツ観戦がより豊かで感動的なものになることを願っています。

タイトルとURLをコピーしました