冬の華やかなスポーツ、スキージャンプ。空を舞う選手たちの勇姿には目を奪われますが、勝敗を分けるのは飛距離だけではありません。多くのファンが注目するのが、着地時に見せる独特のポーズ「テレマーク」です。なぜあの姿勢が必要なのか、採点にはどう影響するのか、疑問に感じたことはありませんか。
この記事では、スキージャンプのテレマーク姿勢と採点基準について、初心者の方にも分かりやすく丁寧に解説します。審判がどこを見ているのか、美しい着地とは何かを知ることで、テレビ観戦がぐっと面白くなります。ルールを知れば、選手たちが空中で何に挑んでいるのかがより鮮明に見えてくるはずです。
スキージャンプのテレマーク姿勢と採点基準の基礎知識

スキージャンプの結果を左右する要素は、大きく分けて「飛距離」と「飛型点(ひけいてん)」の2つがあります。たとえ誰よりも遠くに飛んだとしても、着地で姿勢を崩してしまえば、合計点で逆転されることも珍しくありません。ここではまず、採点の要となるテレマークの基本について見ていきましょう。
そもそもテレマーク姿勢とは何か
テレマーク姿勢とは、着地の瞬間に片方の足を前に出し、もう片方の足を後ろに引いて膝を深く曲げる独特のポーズを指します。名前の由来は、ノルウェーの「テレマルク地方」から来ており、近代スキーの発祥の地として知られています。この姿勢は単なる美しさの追求ではなく、着地時の衝撃を分散させるための合理的な形です。
選手は空中でスキー板を「V字」に開いて飛行しますが、着地の直前に板を並行に戻し、前後交互に開くことでバランスを保ちます。このとき、両腕を水平からやや斜め上に広げ、上半身を真っ直ぐに保つのが理想的とされています。一瞬の出来事ですが、この形が整っているかどうかが勝負の分かれ目となります。
テレマーク姿勢のポイント
・片足を前に出し、膝をしっかり曲げる
・後ろ足の踵(かかと)を少し浮かせる
・両腕を広げてバランスを整える
・上半身を美しく直立させる
飛型点の配点と審判の役割
スキージャンプの採点基準において、飛型点は非常に重要な役割を果たしています。通常、5名の飛型審判員が採点を行い、1人あたり最高20点満点で評価します。合計100点満点の中から、最も高い点数と最も低い点数を除いた、真ん中の3名の点数の合計(最大60点)が、その選手の飛型点として採用されます。
審判員は、ジャンプの各フェーズを厳しくチェックしています。具体的には、踏み切りから空中での姿勢、そして着地の瞬間、さらにその後のアウトラン(着地後の滑走)までが含まれます。この中で最も配点に影響を与えやすいのが着地、つまりテレマークがしっかり入っているかどうかという点なのです。
飛型審判員は、わずか数秒の間に「空中」「着地」「アウトラン」の3項目を確認し、20点満点からの減点方式でスコアを算出します。
テレマークを入れないとどうなるのか
もし選手がテレマークを入れずに、両足を揃えて着地してしまった場合、大きな減点対象となります。これを「パラレル着地」と呼びますが、たとえ安定していたとしても、審判員からはテレマークの不履行としてマイナスの評価を受けてしまいます。通常、完璧なテレマークが入らないだけで2点前後の減点となることが多いです。
さらに、着地で手が雪面についてしまったり、転倒してしまったりした場合は、より深刻な減点が行われます。転倒した場合は、その審判員からの持ち点が最大で10点から12点ほど引かれてしまうため、飛距離で稼いだアドバンテージを瞬時に失ってしまいます。そのため、選手たちは限界まで距離を伸ばしつつも、最後の一瞬まで着地姿勢に全神経を集中させているのです。
審判がチェックする具体的な減点ポイント

飛型点の採点基準は、国際スキー連盟(FIS)によって細かく規定されています。審判員は魔法のように点数を出しているわけではなく、明確なルールに基づいて減点を行っています。観戦中に「今のジャンプは何点くらいかな?」と予想するために、主な減点対象となるポイントを確認しておきましょう。
空中姿勢での揺れや動き
空中での評価は、飛び出した瞬間から始まります。理想とされるのは、スキー板と体が一体となり、風の抵抗を効率よく受けている状態です。このとき、スキー板がバタバタと震えていたり、左右の板の高さが極端に違っていたりすると、空中姿勢の乱れとして減点されます。
また、腕を不必要に動かしてバランスを取ろうとする仕草もチェックの対象です。静止しているかのように安定したフォームで、美しいアーチを描きながら飛行することが、満点に近い評価を得るための条件となります。一流の選手ほど、空中で余計な動きを一切見せず、彫刻のような美しさを保ちます。
着地時におけるテレマークの質
着地の瞬間は、審判が最も注視するポイントです。単に足を前後させるだけでなく、その「深さ」や「安定感」が問われます。前後の足の間隔が狭すぎたり、膝の曲がりが浅かったりすると、不十分なテレマークとみなされます。理想は、後ろ足の膝が前足の踵よりも低くなるほど深く沈み込む形です。
また、着地した瞬間に体が左右にふらついたり、スキー板が重なったりするのも良くありません。雪面に吸い付くようにピタッと止まり、微動だにしない着地が決まった瞬間、観客席からは大きな歓声が上がります。この安定感こそが、「テレマーク姿勢」の醍醐味であり、高得点を引き出すポイントです。
アウトランでの滑走姿勢
着地が決まった後も、採点は続いています。着地地点(ランディングバーン)を過ぎ、平坦な場所へと移行する「アウトラン」までが評価の範囲です。ここで安心してしまい、すぐに姿勢を崩したり、ガッツポーズを早すぎたりすると、減点される可能性があります。選手が最後まで気を抜かないのはこのためです。
アウトランでは、姿勢を低く保ちながら、スムーズに滑走を続ける必要があります。不自然な手の動きや、バランスを崩して雪面に手をつくようなことがあれば、当然スコアに響きます。ブレーキングラインと呼ばれる境界線を越えるまで、一連の流れとして美しく完結させることが求められています。
なぜテレマークは難しいのか?成功を阻む要因

テレビで見ていると簡単そうに見えるテレマークですが、実は極めて高度な技術が必要です。時速100キロメートル近いスピードで飛び出し、100メートル以上の距離を飛行した後に、急斜面へ着地する際の衝撃は相当なものです。その状況下で、なぜ完璧な姿勢を作るのが難しいのか、その理由を探ってみましょう。
時速約90kmでの衝撃とバランス
選手たちが踏み切り台を飛び出すときの速度は、時速約90kmに達します。空中で風に乗り、着地の瞬間に受けるエネルギーは凄まじいものがあります。このスピードの中で、左右のスキー板を制御しつつ、正確に片足を前に出す動作は、強靭な筋力と卓越したバランス感覚がなければ不可能です。
特に追い風や向かい風といった気象条件の変化は、選手のバランスを著しく乱します。空中で姿勢を崩されれば、着地に向けて板を揃えるタイミングも遅れてしまいます。過酷な条件下で、反射的に適切な筋肉を使い、衝撃を吸収しながら美しい形を作るには、血の滲むような反復練習が必要不可欠なのです。
飛距離を伸ばすこととのジレンマ
スキージャンプにおいて、選手は常に「飛距離」と「美しさ」の板挟みになっています。ギリギリまで距離を伸ばそうと空中で粘りすぎると、着地のための準備時間が短くなってしまいます。無理に距離を稼いだ結果、着地の衝撃を抑えきれず、テレマークが入らないというケースはよく見られます。
また、大きなジャンプになればなるほど、着地地点の斜面はなだらかになっていきます。なだらかな場所への着地は足への負担が大きく、姿勢を維持するのがより困難になります。遠くへ飛びたいという本能を抑えつつ、確実に加点を得るための「着地の余裕」を残す判断力こそ、トップジャンパーの証です。
体幹と下半身の驚異的な筋力
美しいテレマークを支えているのは、選手の鋼のような肉体です。特に、深く曲げた膝を支える大腿四頭筋(太ももの筋肉)と、ブレを防ぐための体幹の強さは驚異的です。着地の瞬間、選手にかかる重力加速度(G)は自身の体重の数倍に及ぶと言われています。
この巨大な力に耐えながら、上半身を真っ直ぐに保ち、かつ優雅に見せなければなりません。選手たちはオフシーズンもハードなトレーニングを行い、一瞬の衝撃に耐えうる体を作り上げています。テレマークは、単なるポーズではなく、選手が磨き上げてきた身体能力の結晶なのです。
観戦がもっと楽しくなるスコアの読み解き方

スコアボードに表示される数字の意味が分かると、スキージャンプ観戦はさらにエキサイティングになります。飛距離だけでは決まらない、現代スキージャンプ特有の計算ルールについて知っておきましょう。これを理解すれば、中継で解説者が言っている内容がより深く理解できるようになります。
飛距離点と飛型点のバランスを知る
スキージャンプの合計点は、「飛距離点」に「飛型点」を加え、さらに風の状況などの補正を加味して算出されます。飛距離点は、そのジャンプ台ごとに設定された「K点」を基準にします。K点ピッタリに飛ぶと60点が与えられ、そこから1メートル伸びるごとに(ラージヒルの場合)1.8点が加算される仕組みです。
一方、飛型点は最大で60点です。つまり、飛型点で完璧なスコア(19.0点から20.0点)を揃えることは、飛距離を数メートル伸ばすことと同等の価値があります。飛距離で少し負けていても、テレマークが美しければ逆転が可能。この絶妙なバランスが、最後の最後まで結果が分からないドキドキ感を生んでいます。
ウィンド・ゲートファクターの影響
最近のスキージャンプでは、「ウィンドファクター」と「ゲートファクター」という補正値が導入されています。これは屋外スポーツゆえの不公平をなくすためのルールです。向かい風は浮力を得やすいため点数が引かれ、追い風は不利なため点数が加えられます。また、スタートするゲートの高さが変更された場合も、それに応じた加減点が行われます。
テレビ中継の順位表で、飛距離が短い選手が上位に来ることがあるのは、この補正が行われているためです。見た目の飛距離だけでなく、厳しい風条件の中でどれだけ耐え、美しい姿勢を保ったかが評価される仕組みになっています。この複雑なルールこそが、現代スキージャンプをより公平で知的な競技にしています。
風の補正はリアルタイムで計算され、画面上に「+」や「-」の数値で表示されます。追い風(Back wind)の時はプラス補正になるため、選手の粘りが評価されやすくなります。
審判の採点が割れる理由
5人の審判が出す点数は、必ずしも一致するわけではありません。ある審判は18.5点をつけ、別の審判は17.5点をつけるといったことがよく起こります。これは、審判員が座っているタワーから見える角度がそれぞれ異なるためです。また、着地の瞬間に足が少し左右に割れたのを、特定の角度からだけ確認できる場合もあります。
このような視覚的な誤差や、わずかな主観の差を公平にするために、最高点と最低点をカットするルールが存在します。残った3人の平均的な評価を採用することで、一人の偏った判断が結果を左右しないよう工夫されているのです。審判たちが下す評価の「幅」を見るのも、ジャンプ観戦のツウな楽しみ方と言えるでしょう。
世界の名手たちが魅せる究極のテレマーク

世界トップクラスの選手たちは、技術だけでなくその芸術性でも競い合っています。特に日本人は、伝統的に飛型が美しいと言われており、多くの「お手本」となる選手を輩出してきました。ここでは、実際に観戦する際にぜひ注目してほしい、テレマークの名手たちをご紹介します。
小林陵侑選手の圧倒的な安定感
現代のジャンプ界を代表する小林陵侑選手は、世界でも有数のテレマークの使い手です。彼の特徴は、どんなに大きなジャンプを飛んでも、着地の瞬間に微動だにしない安定感にあります。足の出し方がスムーズで、上半身が全くブレないその姿は、多くの飛型審判員から高い評価を受けています。
小林選手のジャンプを観察すると、空中で早めに着地の準備を整え、余裕を持ってテレマークを入れているのが分かります。まさに、飛距離と美しさを高い次元で両立させている好例です。彼の着地が決まったときは、飛型点で19.0以上のハイスコアが並ぶことが多く、その美しさは世界中のファンを魅了しています。
葛西紀明選手が守り続ける伝統の形
「レジェンド」と呼ばれる葛西紀明選手も、非常に美しいテレマークを継承している選手です。長年のキャリアで培われた技術は、若手選手のお手本となっています。特に、深い膝の曲がりと、指先まで意識が行き届いた腕の広げ方は、クラシックでありながら非の打ち所がない完璧なフォームです。
葛西選手は、着地後のアウトランでも非常に堂々とした滑走を見せます。審判に対して「自分のジャンプはこれほどまでに完璧だった」という印象を植え付けるかのようなオーラがあります。技術的な正確さに加え、長年の経験に裏打ちされた表現力としてのテレマークも、彼の大きな魅力の一つと言えるでしょう。
女子ジャンプを牽引する高梨沙羅選手の進化
女子スキージャンプのアイコンである高梨沙羅選手も、テレマークの技術を磨き続けてきた選手です。小柄な体格ながら、全身を使って衝撃を吸収し、ピタリと止める着地は圧巻です。彼女はキャリアの中で何度もフォームの修正を行い、より高く評価される着地を追求し続けてきました。
女子の競技は男子に比べてスピードがやや控えめな分、より細かな姿勢の粗(あら)が目立ちやすい傾向にあります。その中で、高梨選手の見せる隙のない着地姿勢は、審判にとっても非常に加点しやすい模範的なものです。彼女の強さの秘訣は、飛距離だけでなく、こうした細部への徹底したこだわりにあるのです。
まとめ:スキージャンプのテレマーク姿勢と採点基準に注目して応援しよう
スキージャンプにおけるテレマーク姿勢と採点基準は、このスポーツをより深く、そしてドラマチックに彩る重要な要素です。ただ遠くへ飛ぶだけでなく、空を美しく舞い、衝撃に耐えて優雅に着地する。その一連の流れの中に、選手たちの絶え間ない努力と技術が凝縮されています。
今回の記事で解説したポイントを振り返ってみましょう。
・テレマークは片足を前後させ、膝を深く曲げる伝統的かつ合理的な着地姿勢
・飛型点は5人の審判が20点満点で採点し、中央の3人の合計(最大60点)が採用される
・空中姿勢、着地、アウトランの3つのフェーズで細かく減点チェックが行われる
・現代の採点には、風やゲートの高さによる補正(ファクター)も大きく関わる
・小林陵侑選手や高梨沙羅選手など、トップ選手の着地は芸術的な美しさがある
次にスキージャンプの大会を観戦するときは、ぜひ選手が着地する瞬間の足元に注目してみてください。審判が何点を出すか予想しながら見守ることで、これまで以上に手に汗握る体験ができるはずです。美しいテレマークが決まった瞬間、その選手が空中に込めた思いが最高の形として結実するのです。ルールを知ることで広がる、冬季スポーツの奥深い世界を存分に楽しんでください。



