冬季オリンピックなどの国際大会で注目を集めるカーリングは、一見すると氷の上で石を滑らせるだけのシンプルな競技に見えるかもしれません。しかし、その実態は非常に高度な知略がぶつかり合う頭脳戦であり、世界中から「氷上のチェス」と称えられています。一投ごとに状況が劇的に変化し、最善の一手を模索する様子は、囲碁における「詰碁」を解く過程にも似ています。
この記事では、カーリングを観戦する際に知っておきたい基本的な戦術や、試合展開の読み方、そしてプロがどのように氷の状態を見極めているのかを、初心者の方にも分かりやすく解説します。この記事を読めば、次にカーリングの試合を観る時に、選手たちの「次の一手」がより興味深く、ドラマチックに感じられるようになるはずです。
カーリングの戦術が「詰碁」や「氷上のチェス」と呼ばれる理由と基本の楽しみ方

カーリングがなぜ「氷上のチェス」や「詰碁」に例えられるのか、その理由は盤面をコントロールするための緻密な計算と、数手先を読み切る戦略性にあります。まずはその知的な魅力の根源を探ってみましょう。
なぜ「氷上のチェス」と例えられるのか
チェスでは自分の駒をどのように配置し、相手の王を追い詰めるかを数手、数十手先まで予測して戦います。カーリングも同様に、ただ石を円の中心(ハウス)に入れるだけでなく、「相手の石が入りにくい場所に自分の石を置く」といった守備の視点が欠かせません。盤面全体の配置を見て、有利な形を作り上げていくプロセスが、チェスの戦略性に酷似しているのです。
また、一度投げた石は動かせないチェスの駒とは異なり、カーリングでは後から投じる石で盤面の状況をリセットしたり、味方の石を利用して複雑な角度を作ったりすることができます。このダイナミックな変化と静かな思考の対比こそが、氷上のチェスと呼ばれる所以です。観戦者は、スキップ(司令塔)が描く理想の形と、実際の石の動きのギャップをハラハラしながら楽しむことができます。
一見すると派手な動きは少ないですが、水面下では凄まじい情報戦が繰り広げられています。相手の狙いを読み、それに対するカウンターを用意する。その駆け引きは、まさに最高峰の知能ゲームといえるでしょう。
カーリングの魅力は、物理的なショットの技術と、論理的な戦略の融合にあります。盤面の石が増えるにつれて、一手ごとに選択肢が狭まり、緊張感が高まっていく様子に注目してください。
局面を打開する一打が「詰碁」に似ている理由
囲碁の練習問題である「詰碁」は、限られたスペースの中で最善の順序を選び、石を生き返らせたり相手の石を攻略したりするものです。カーリングの終盤戦では、ハウス内に多くの石が混在し、わずか数センチの隙間を通さなければならない場面が多々あります。この「ここしかない」という正解のルートを見つけ出し、実行する姿が詰碁の解法に非常に似ていると言われます。
複雑に絡み合った石の配置をどう整理し、最後の一投で自分たちの得点に結びつけるか。その思考プロセスは、まさにパズルを解くような快感があります。選手たちは、頭の中で何パターンものシミュレーションを行い、物理法則と自分たちの技術を信じて石を放ちます。観戦する際も、「自分ならどこを狙うか」を一緒に考えることで、楽しさが倍増します。
特に、不利な状況から一気に逆転を狙う「ダブルテイクアウト(2個の石を同時にはじき出す)」などは、詰碁でいうところの妙手にあたります。その一打が決まった瞬間のカタルシスは、他のスポーツではなかなか味わえないものです。
初心者がまず注目すべきスコアの仕組み
カーリングをより楽しむためには、独特なスコアリングのルールを理解しておくことが重要です。基本的には、ハウスと呼ばれる円の中心に、最も近い石を置いているチームに得点が入ります。しかし、単純に「真ん中に入れたら勝ち」ではないのが面白いところです。「相手よりも中心に近い石がいくつあるか」がポイントになります。
例えば、中心に一番近い石がチームAであれば、チームAに点が入ります。その際、チームBの最も中心に近い石よりも、さらに内側にあるチームAの石がすべてカウントされます。これにより、1エンドで大量得点(ビッグエンド)が生まれる可能性があり、最後まで勝敗の行方が分からなくなります。このルールがあるからこそ、守備を固めるか、攻撃を仕掛けるかの高度な戦術が生まれるのです。
試合の流れを左右する!ショットの種類と役割をマスターしよう

選手たちが放つ一投一投には、すべて明確な意図があります。どのようなショットがあるのかを知ることで、チームが今何を目指しているのかが手に取るように分かるようになります。
円の中にピタリと止める「ドローショット」の精度
「ドローショット」とは、他の石に当てることなく、ハウス内の狙った位置に石を止めるショットのことです。カーリングにおいて最も基本的でありながら、最も難しい技術の一つとされています。なぜなら、氷の滑り具合や曲がり具合を完璧に把握していないと、思い通りの場所に止めることができないからです。ドローショットは、得点を取るため、あるいは有利な形を作るための基礎となります。
特に、相手の石の後ろに隠れるように止める「フリーズ」や、ハウスの中心にピタリと止めるショットは、スキルの高さが如実に現れます。選手が石を放った瞬間、スイーパーたちが必死に氷を掃いて距離を調節する姿は、ドローショットの成功を左右する重要な要素です。ミリ単位の調整が勝敗を分けるため、非常に緊張感のあるシーンとなります。
ドローの精度が高いチームは、盤面を支配する力が強いと言えます。相手にプレッシャーを与え続け、ミスを誘う。地味に見えるドローショットこそ、最強の武器になるのです。
相手を弾き出す「テイクアウト」の爽快感
相手の石を弾き飛ばし、自分たちの石を有利な位置に残す、あるいは自分たちの石も一緒に外に出すショットを「テイクアウト」と呼びます。ドローショットとは対照的に、速いスピードで石を投げ、物理的な衝撃で盤面を動かします。相手の得点源となる石を排除し、ピンチを脱出する際に多用される非常にエキサイティングなプレーです。
ただ力任せに投げるのではなく、当てる角度(コンタクトポイント)が重要です。わずかに角度がズレるだけで、狙った石が残ってしまったり、逆に自分たちの石が不利な場所に動いてしまったりすることもあります。また、複数の石を一度に外へ出す「マルチテイク」が決まると、会場全体のボルテージは一気に上がります。攻守が入れ替わる劇的な瞬間を見逃さないようにしましょう。
テイクアウトの際は、石がぶつかる激しい音が会場に響きます。この迫力ある音も、現地観戦や音声をオンにした動画視聴での楽しみの一つです。
戦略の要となる「ガードショット」の配置
ハウスの手前(フリーガードゾーン)に自分の石を置くことを「ガードショット」と呼びます。これは後から投げる自分の得点石を守るための、いわば「盾」の役割を果たします。ガードがあることで、相手は直接こちらの得点石を狙うことができなくなり、難しいカーブ(曲がり)を駆使したショットを強いられることになります。まさに知略を巡らせるカーリングの醍醐味が詰まったショットです。
ガードショットには、中心線上を守る「センターガード」と、ハウスの端の方を守る「コーナーガード」の2種類があります。センターガードは相手の得点を防ぐ守備的な役割、コーナーガードは自分たちの複数得点を狙う攻撃的な役割を持つことが多いです。序盤にどの位置にガードを置くかで、そのエンドの戦い方の方向性が決まります。
もしガードが邪魔だと思えば、相手はそれを排除しに来るでしょう。守る側と壊す側の攻防は、観ているこちらまで手に汗握る展開となります。ガードの裏に絶妙なショットを隠す「カムアラウンド」が決まった時は、そのチームが主導権を握った証拠です。
氷の状態を見極める「アイスリーディング」と「スイーピング」の重要性

カーリングの勝敗は、石を投げる技術だけで決まるわけではありません。舞台となる氷のコンディションをどう読み解くか、そしてそのコンディションをどう操作するかが極めて重要です。
氷の表面にある「ペブル」が曲がりを作る
カーリングの氷の表面は、スケートリンクのようなツルツルの状態ではありません。試合前に霧吹きのような道具で水をまき、表面に細かい氷の粒を作ります。これを「ペブル」と呼びます。石はこのペブルの上を滑っていくのですが、この粒があるおかげで、石に回転を加えた際に適度な摩擦が生じ、大きく「カール(曲がる)」するようになります。
しかし、このペブルは試合が進むにつれて石との摩擦で削られ、状況が変化していきます。削れた場所は滑りやすくなり、逆にペブルが残っている場所はよく曲がる。このように、刻一刻と変化する氷の個性を把握することを「アイスリーディング」と呼びます。スキップや選手たちは、前のショットの結果を細かく分析し、次の投球のライン(狙い所)を修正していきます。
氷は生き物だと言われるほど繊細です。気温や湿度の変化、観客の熱気さえも氷に影響を与えることがあります。選手たちが氷をじっと見つめたり、触れたりしてコンディションを確かめる姿には、職人のようなこだわりが感じられます。
氷を磨く「スイーピング」が石の運命を変える
カーリングといえば、石の前をブラシで激しくこする「スイーピング」を思い浮かべる方が多いでしょう。これは単に氷を綺麗にしているわけではありません。激しくこすることで摩擦熱を発生させ、氷をごくわずかに溶かし、水膜を作ることで「石の飛距離を伸ばす」とともに「石の曲がりを抑える」効果があります。
スイーパーの役割は非常に重要で、スキップの指示に従い、石を数センチ単位でコントロールします。もう数センチ先で止まってほしい時は全力で掃き、逆にすぐ止まってほしい時は一切掃きません。このチームプレーこそが、カーリングを団体競技として面白くさせている要因です。スイーパーは投球の精度を補完するだけでなく、時には奇跡的なリカバリーを見せることもあります。
スイーピングによるコントロールの目安:
・激しく掃く:石が滑りやすくなり、直進性が増す(遠くまで届き、曲がりにくくなる)。
・掃かない:摩擦が大きくなり、石が早く減速し、曲がりが大きくなる。
刻一刻と変化する氷の状態を見極める技術
アイスリーディングは、単に氷が滑るかどうかを知るだけではなく、どのルートを通ればどれくらい曲がるかを予測する作業です。これを「ラインを読む」と言います。同じリンクでも、右側と左側で曲がり方が全く違うことも珍しくありません。試合の前半でこの「クセ」を早く掴んだチームが、後半の接戦を制する可能性が高まります。
また、試合の最終盤では、ペブルが摩耗して「ストレート(曲がりにくい)」な状態になることがあります。こうなると、序盤と同じラインを狙っても思い通りのショットが打てません。選手たちは常にアップデートされる情報を共有し、一投ごとにコミュニケーションを密に取ります。この適応能力の高さも、トッププレーヤーに求められる必須の資質です。
観戦中は、選手たちがスイープの途中で「ヤップ(掃け)!」や「ウォー(掃くな)!」といった掛け声を上げていることに注目してみてください。その声のトーンから、石が今どのような状況にあるのかを察することができます。言葉の裏にある、氷との対話を感じ取れるようになると上級者です。
有利な状況を作り出す!エンドごとの戦略と後攻の重要性

カーリングの試合は通常10エンド(または8エンド)で行われます。各エンドの勝敗だけでなく、試合全体を通した「大きな流れ」を作るための戦略が存在します。
最後に投げる権利「ハンマー」の絶大な有利さ
カーリングにおいて、各エンドで最後に石を投げる権利を「ハンマー(後攻)」と呼びます。最後に投げるということは、相手のすべての石の配置を見てから、自分の石をどこに置くかを決められるということです。これは圧倒的なアドバンテージであり、基本的には「後攻のチームが得点し、先攻のチームがそれを防ぐ」という構図で試合が進みます。
後攻側は、最低でも2得点以上(ビッグエンド)を狙うのがセオリーです。逆に先攻側は、相手に1点しか取らせないようにプレッシャーをかけ、ハンマーの権利を奪い返す(スチールを狙う)戦略を立てます。このハンマーの権利がどちらにあるかを意識するだけで、中継画面の見方がガラリと変わります。画面上のスコア欄にハンマーのアイコンが表示されているので、常にチェックしておきましょう。
第1エンドでどちらが後攻になるかは、試合前のドローショットチャレンジ(LSD)で決まります。最初から有利な立場を確保するための戦いは、試合前から始まっているのです。
後攻での複数得点を目指す「セットアップ」
ハンマーを持つチームが狙うのは、単に1点を取ることではなく、2点以上の大量得点です。そのために必要なのが「セットアップ」という概念です。序盤の投球で、ハウスの両端(コーナー)にガードを置き、自分たちの得点石を隠すスペースを作ります。中心を空けておくことで、最後の一投で中心を射抜くためのルートを確保しつつ、複数の石をハウス内に残す布石を打ちます。
逆に相手(先攻側)は、このセットアップを阻止するために、中央をガードで固めたり、コーナーのガードを早々に排除したりします。このように、エンドの序盤は「どんな形の局面で最終投を迎えたいか」というお互いの理想の押し付け合いが行われます。盤面がごちゃごちゃしてくる中盤こそ、スキップの腕の見せ所です。
あえて無得点にする「ブランクエンド」の狙い
カーリング独特の戦術に「ブランクエンド」があります。これは、そのエンドを両チーム無得点で終わらせることです。ルール上、得点があったエンドの次は、得点したチームが先攻、得点されたチームが後攻となります。しかし、無得点(ブランク)だった場合は、後攻の権利がそのまま継続されます。
後攻のチームが、どうしても1点しか取れないような不利な状況に追い込まれたとき、あえて自分の石をハウスに残さず、すべての石を外に出してブランクエンドにします。これにより、次のエンドでもう一度有利な「後攻」からスタートし、そこで大量得点を狙うという戦略です。目先の1点よりも、将来の2点や3点を取りに行く。この長期的な視点こそ、カーリングの奥深さと言えるでしょう。
試合の後半、同点や僅差の場面でブランクエンドを選択するか、それとも1点を取りに行くかの決断は、試合の結末を左右する大きなターニングポイントになります。選手たちの表情や、解説者の予測を聞きながら、その意図を読み解いてみてください。
チーム一丸で勝利を掴む!各ポジションの役割と連携のコツ

カーリングは4人1組のチーム戦です。それぞれの選手が果たすべき役割は明確に分かれており、一人のスーパープレーヤーだけでは勝てない仕組みになっています。
試合の土台を築く「リード」と「セカンド」
チームの第1奏者を「リード」、第2奏者を「セカンド」と呼びます。リードの役割は、非常に正確なドローショットやガードショットを打ち、そのエンドの土台を作ることです。リードが完璧なガードを置くことで、後の選手たちが楽に戦略を進めることができます。地味に思われがちですが、リードの成功率が低いチームは、常に苦しい展開を強いられることになります。
続くセカンドは、テイクアウトの技術が特に求められるポジションです。相手が置いたガードを確実に壊したり、ハウス内の邪魔な石を排除したりすることで、局面を整理します。パワーと精度の両方が求められるタフな役割です。また、リードとセカンドは自分の出番が終わった後は、残りの6投すべてのスイーパーを務めるため、体力的な負担も最も大きくなります。
彼らがどれだけ正確に石を置き、どれだけ力強く氷を磨くかが、チーム全体のパフォーマンスの底上げに繋がります。フロントエンド(リードとセカンドの総称)の献身的な動きにぜひ注目してください。
逆転の筋道を立てる「サード」と「スキップ」
第3奏者の「サード」と、第4奏者であり司令塔の「スキップ」は、バックエンドと呼ばれます。サードは、スキップが最後の2投を投げるための最終調整を行う役割を担います。難易度の高いショットを求められることが多く、スキップの相談役(バイス・スキップ)としても重要なアドバイスを送ります。チームの精神的な支柱となることも多いポジションです。
そして、チームの顔であるスキップは、すべての戦略を決定します。試合中はハウスの奥に立ち、モップを掲げて狙い所を示します。スキップの仕事は、状況を冷静に分析し、リスクとリターンのバランスを考えながら最善の指示を出すことです。そして、プレッシャーのかかる最後の一投(ラストロック)を投げ、得点を確定させる役割も持ちます。
スキップの性格がそのままチームの戦術カラーになることもあり、攻撃的なスキップもいれば、守備を固める慎重なスキップもいます。各チームのスキップの個性を比較してみるのも、観戦を楽しくするポイントの一つです。
常に会話を絶やさないコミュニケーション術
カーリングの試合中、選手たちが絶えずマイク越しに会話をしている様子に気づくでしょう。彼らは単に世間話をしているのではなく、氷の状態、石の滑り具合、次のショットのラインについて、常に最新の情報を共有し続けています。「この場所はさっきより滑る」「右側のカールが強くなっている」といったミクロな情報が、戦略の精度を高めるのです。
ミスが出た時も、ただ悔しがるのではなく、なぜミスが起きたのかを瞬時に分析し、次の選手にフィードバックします。この「情報のバトン」が途切れないチームこそが、安定した強さを発揮します。また、スキップが指示を出す際、スイーパーたちがそれに対して「今、石が少し遅い(距離が足りない)」と意見を返すなど、双方向のやり取りが重要になります。
チームメイトを信頼し、お互いを鼓舞し合う姿は非常に清々しく、観ている側に感動を与えます。高い技術だけでなく、こうした人間ドラマや強固な結束力も、カーリングが多くのファンを惹きつける理由の一つです。
カーリングの戦術や詰碁的な奥深さを堪能するための観戦ポイントまとめ
カーリングは、一度その戦術的な面白さを知ってしまうと、これほど中毒性の高いスポーツはありません。最後に、この記事で紹介した楽しみ方のポイントを振り返ってみましょう。
まず、盤面を「氷上のチェス」として捉え、後攻(ハンマー)の権利を巡る攻防に注目してください。リードやセカンドが作る土台、サードが整える局面、そしてスキップが放つ「詰碁」の解答のような最後の一投。この一連の流れが理解できると、一投一投の重みが全く違って見えてきます。
次に、氷という不確定要素を乗りこなす「アイスリーディング」と「スイーピング」の連携を楽しみましょう。選手たちの掛け声や、氷の状態変化に対する適応力は、まさにプロの技です。単なる筋力や反射神経のスポーツではなく、「観察・分析・実行・修正」というPDCAサイクルを氷の上で超高速回転させているのがカーリングの本質です。
最後に、チームのコミュニケーションにも耳を傾けてみてください。個々の技術が優れているのはもちろんのこと、4人が一つの意思を持って石を運ぶ姿には、団体競技の究極の形があります。次に試合を観る際は、ぜひスキップになったつもりで「自分ならどこに投げるか」を想像しながら、この奥深い「氷上のチェス」の世界を堪能してください。


