冬のスポーツの中でも、手に汗握るスピード感と駆け引きが魅力のショートトラック。氷上の格闘技とも呼ばれるこの競技では、激しい順位争いの中で選手が転倒したり、他の選手に巻き込まれたりする場面をよく見かけます。せっかく応援していた選手が巻き添えで転んでしまうと、ファンとしては非常に悔しい気持ちになりますよね。
しかし、ショートトラックには「救済措置」という、不運な事故に見舞われた選手を守るための特別なルールが存在します。このルールを知っているかどうかで、レース後半の審議時間や結果の見え方が大きく変わってきます。今回は、転倒が起きた際にどのような基準で救済が行われるのか、初心者の方にも分かりやすく丁寧に解説します。
ショートトラックの転倒・巻き添えと救済措置の基礎知識

ショートトラックを観戦していると、先頭を走っていた選手が突然転倒し、後ろの選手も次々と巻き込まれてしまう光景を目にします。まずは、なぜこのような転倒が頻繁に起こるのか、そしてそれに対してどのような基本的な考え方で救済が行われるのかを整理していきましょう。
なぜショートトラックでは転倒や巻き添えが多いのか
ショートトラックは、1周111.12メートルの短いトラックを複数人の選手が同時に滑る競技です。スピードスケートとは異なり、セパレートコースがないため、常に選手同士が数センチの距離で密集して滑ります。時速50キロメートル近いスピードでコーナーに突っ込む際、わずかなバランスの崩れやエッジの引っかかりが致命的になります。
特に追い抜きをかける場面では、インコースの狭い隙間を狙うため、選手同士の接触が避けられない場合が多くあります。一人がバランスを崩すと、すぐ後ろや外側にいる選手は避けるスペースがなく、芋づる式に転んでしまう「巻き添え」が発生しやすい構造になっています。これがショートトラック特有のスリルでもあり、難しさでもあるのです。
救済措置(アドバンス)の目的は公平性の確保
救済措置は、専門用語で「アドバンス(Advance)」と呼ばれます。このルールの目的は、自分のミスではなく、他者の反則行為や不運な巻き添えによって競技を継続できなくなった選手に対し、公平なチャンスを再度与えることにあります。もし救済がなければ、実力のある選手が妨害によって簡単に脱落してしまい、競技の質が保てなくなります。
ただし、転倒したすべての選手が救済されるわけではありません。基本的には、妨害を受けた時点で「準決勝や決勝に進出できる順位にいたこと」が条件となります。審判は、そのアクシデントがなければ、その選手が次のラウンドに進めていたかどうかを厳格に判断します。この公平性を期するためのルールが、ショートトラックのドラマをより深いものにしています。
転倒が発生した瞬間に審判がチェックしていること
レース中に転倒が起こると、リンクの各所に配置された審判員がすぐに旗を振ったり、マイクで連絡を取り合ったりします。彼らがまず確認するのは「誰が原因で転倒が起きたのか」という点です。自爆(単独転倒)なのか、あるいは誰かの無理な進路変更や接触が原因なのかを瞬時に見極める必要があります。
また、接触が起きた瞬間の選手の位置関係も重要です。ショートトラックでは「先行する選手の進路を妨げてはならない」という原則があるため、追い抜こうとした選手が無理に割り込んだのか、それとも先行選手が不自然にコースを塞いだのかを精査します。これらのチェックが、後のビデオ判定や救済措置の判断材料として蓄積されていくのです。
審判が下す救済措置「アドバンス」が適用される詳細な条件

救済措置であるアドバンスは、審判の主観だけで決まるものではなく、明確なルールブックに基づいています。観戦中に「今の転倒は救済されるかな?」と予想できるよう、アドバンスが適用されるための具体的なハードルについて詳しく見ていきましょう。
アドバンスが適用されるシチュエーション
アドバンスが適用される典型的な例は、追い抜きを仕掛けてきた後続選手に接触されて転倒した場合です。自分に非がない状態で、他者の反則によってレースから排除された際、審判の裁定により次のラウンドへ進める権利が与えられます。このとき、妨害した側の選手は失格(ペナルティ)となります。
また、稀なケースとして、リンク上の氷の状態が悪かったり、機材のトラブルがあったりした場合にも救済が行われることがあります。しかし、最も多いのはやはり対人接触によるものです。「他者の反則によって、本来得られたはずの順位を失った」と認められることが、アドバンス適用の大原則となっています。
アドバンス適用の主な条件
1. 妨害を受けた時点で、予選通過圏内の順位(通常は2位以内など)にいたこと
2. 妨害した選手に明確なペナルティ(失格)が科されること
3. 妨害がなければ、そのまま勝ち進んでいたと審判が確信できること
順位や位置取りが判断の分かれ目になる理由
たとえ他者の反則に巻き込まれて転倒したとしても、その時点で最下位を走っていた場合は、救済されないことがほとんどです。なぜなら、そのアクシデントがなくても次のラウンドに進めた可能性が低いと判断されるからです。ショートトラックの救済はあくまで「不当に奪われた権利を取り戻す」ものであり、実力以上の結果を保証するものではないからです。
このため、トップ集団を走っている選手ほど、巻き添えを食った際の救済確率は高くなります。逆に、集団から大きく離された位置での接触は、不運であってもそのままレース終了となる厳しい現実があります。選手たちが常に前の方の位置取りにこだわるのは、転倒のリスクを減らすためだけでなく、万が一の際の救済の権利を確保するためでもあるのです。
救済措置を受けた選手が決勝で不利にならない工夫
アドバンスによって次戦へ進んだ選手は、本来の規定人数よりも一人多い状態でレースを行うことになります。例えば、通常4人で滑る決勝に救済された選手が加わり、5人で競うことになるといった形です。これにより、不運に見舞われた選手も、本来あるべき舞台で実力を証明するチャンスが得られます。
ただし、救済されたからといってスタート位置(レーン)が優遇されるわけではありません。基本的には、タイム順や以前の順位に基づいて外側のレーンに割り振られることが多いです。それでも、レースに出られないという最悪の事態は回避できるため、選手にとっては非常に大きな意味を持つ制度といえます。応援している選手がアドバンスで勝ち上がった際は、その不屈の精神に注目しましょう。
転倒を引き起こす「ペナルティ(失格)」の判断基準と種類

救済措置が行われる裏側には、必ずといっていいほど「誰かの失格」が存在します。どのような行為が反則とみなされ、転倒の原因として裁かれるのでしょうか。ショートトラック特有の複雑なペナルティのルールについて解説します。
他の選手を転倒させる「妨害(インターフェア)」の種類
最も一般的な反則は「インターフェア(妨害)」です。これには、手を使って相手を押したり引っ張ったりする行為(プッシング)や、自分の体を使って相手の進路を強引に塞ぐ行為(クロッシング)が含まれます。特にコーナーの入り口でのポジション争いは激しく、少しでも肩を入れるタイミングが遅れると反則を取られやすくなります。
また、スケートの刃(エッジ)を相手に向けて突き出すような危険な行為や、転倒した後に他の選手の進路を塞ぐように動くこともペナルティの対象となります。これらの行為によって他者が転倒したり、大きくバランスを崩したりした場合、審判は即座に失格の判定を下し、被害を受けた選手のアドバンスを検討し始めます。
進路変更が「反則」とみなされる境界線
ショートトラックで難しいのが、進路変更の正当性です。先行する選手には自分のラインを選ぶ権利がありますが、急激な進路変更によって後続の選手を危険にさらしてはいけません。逆に、追い抜こうとする選手は、先行選手に接触することなくクリーンに抜く責任があります。
「インコースから無理やりこじ開けるように入ったか」「先行選手がブロックするために不自然に膨らんだか」という点が争点になります。この境界線は非常に微妙で、トップレベルの大会でも審議が長引く原因となります。選手たちはこのルールを熟知した上で、限界ギリギリのパッシング(追い抜き)を仕掛けているのです。
イエローカードとレッドカードの導入と重み
近年、ショートトラックでもサッカーのようにカード制が導入されました。1回の反則で即失格となるのが通常ですが、特に危険な行為や悪質な妨害には「イエローカード」や「レッドカード」が提示されます。イエローカードは、その大会での獲得ポイントが剥奪されるなどのペナルティが伴います。
さらに重いレッドカードは、その大会全体からの追放を意味し、極めて悪質な妨害やスポーツマンシップに反する行為に対して出されます。これらのカード制度があることで、選手たちは激しい争いの中でも一定の安全意識を持つよう促されています。転倒が起きた際、スコアボードにどのようなマークが出るかを確認するのも観戦のポイントです。
かつては単純な「失格」のみでしたが、判定の厳格化に伴い、反則の度合いによって処罰が細分化されるようになりました。
ビデオ判定(VTR)の進化が救済措置に与えた影響

レース終了後、結果が出るまでに数分間待たされることがあります。この「待ち時間」に行われているのがビデオ判定です。現代のショートトラックにおいて、ビデオ判定は救済措置の精度を高めるために欠かせない要素となっています。
レース直後の「長い審議時間」に何が行われているか
ゴール直後、選手たちがリンクの上で息を整えている間、審判員室ではビデオ判定員が複数のモニターを注視しています。彼らは、レース中に起こったすべての接触シーンをスロー再生やコマ送りで確認します。特に転倒があった場面では、どの選手の足がどこに接触し、誰が最初にバランスを崩したのかを徹底的に分析します。
この審議中、場内には緊張感が漂います。アナウンスで「現在、ビデオ判定を行っています」と流れると、観客も大型スクリーンに映し出されるリプレイ映像を見ながら、審判と同じように判定を予想します。この時間がショートトラックの醍醐味の一つでもあり、救済措置が出るかどうかの運命の分かれ道となります。
複数のカメラアングルで確認される接触の瞬間
現在の国際大会では、リンクの周囲だけでなく、真上の天井や氷の高さに近い位置など、数多くのカメラが設置されています。これにより、肉眼では見えなかった「わずかな接触」も逃さず捉えることができます。例えば、選手のスケートの先端がわずかに相手の足に触れただけで、その後の転倒に繋がることがあるからです。
救済措置を適用するかどうかを判断する際、この多角的な映像は絶対的な証拠となります。審判は、特定のカメラアングルだけでなく、すべての映像を総合して「不可抗力だったのか、意図的な妨害だったのか」を判断します。テクノロジーの進化が、審判の負担を軽減すると同時に、競技の公平性を飛躍的に高めているのです。
| チェック項目 | 審判が注目するポイント |
|---|---|
| 足の位置 | 追い抜く際に相手の進路をカットしていないか |
| 手の動き | バランスを取るためか、相手を押すためか |
| 転倒の起点 | 誰が最初にエッジを引っかけて転んだのか |
観客が判定を待つ間の楽しみ方と注目ポイント
ビデオ判定を待つ間、ファンとして注目したいのは、リプレイ映像の中の「選手の目線」や「重心の移動」です。高い技術を持つ選手ほど、接触を予見して回避しようとしますが、どうしても避けられない瞬間があります。その「不可抗力感」が映像から伝わってくると、救済措置(アドバンス)が出る可能性が高まります。
また、転倒した選手がすぐに立ち上がり、最後まで滑り切るかどうかも重要です。たとえ大きく遅れても、ゴールを駆け抜けることで、審判に「競技を継続する意思があった」ことを示せます。こうした選手の姿勢も含めて審議を待つ時間は、単なる空白ではなく、レースの一部として楽しむのがショートトラック通の観戦術といえるでしょう。
救済措置が適用された有名な事例とレース展開への影響

救済措置は、時にオリンピックなどの大舞台で劇的な逆転劇を生み出します。過去の事例を知ることで、このルールがどれほど選手たちの運命を左右してきたかを理解できるでしょう。
五輪や世界選手権で起きた劇的な救済ドラマ
過去の冬季オリンピックでは、実力者が予選で巻き添えになり、救済措置によって決勝に進出、そのままメダルを獲得するというケースが何度もありました。例えば、韓国や中国といった強豪国の選手がひしめき合うレースでは、誰が転んでもおかしくない状況が生まれます。そこで救済された選手が、決勝でリベンジを果たす姿は多くの感動を呼びました。
一方で、救済措置が適用されず、そのまま敗退となってしまうスター選手もいます。判定の結果が出るまで、選手もコーチもモニターを凝視し、天を仰いだりガッツポーズをしたりする光景は、ショートトラックがいかに判定に左右される競技であるかを物語っています。一つの一つの救済が、大会の歴史を塗り替えてきたのです。
巻き添えから這い上がってメダルを獲得した例
ある大会では、転倒して壁に激突した選手が、アドバンスで決勝に進み、満身創痍の状態でメダルを手にしたことがありました。このとき、その選手は「転倒した瞬間に救済があるはずだと信じて、冷静さを保った」と語っています。巻き添え事故は精神的なショックも大きいですが、ルールを信じて最後まで諦めないことが、結果を引き寄せる要因になります。
このような事例は、後続の若手選手たちにも大きな影響を与えます。「転んでも救済があるかもしれないから、最後まで何が起こるか分からない」という教訓となり、競技全体の粘り強さを底上げしているのです。観戦する側も、一度の転倒で「もう終わりだ」と決めつけず、救済の可能性を信じて見守ることが大切です。
判定一つで変わる戦略とチームの戦い方
救済措置の存在は、各国の戦略にも影響を与えます。例えば、団体種目であるリレーでは、一人が転倒してもチーム全体が救済される可能性があるため、コーチ陣は常に審判へのアピール準備を整えています。また、個人戦でも、ライバル選手に妨害されたと感じた場合は、すぐにアピールを行うことが一般的です。
さらに、決勝進出人数が救済によって増える場合、レースの展開はより複雑になります。通常より1人多いだけでも、コースの空きスペースが減り、さらなる転倒のリスクが高まるからです。審判の判定一つが、その後のレースの安全性や戦術にまで連鎖していく。これこそが、ショートトラックという競技が持つ奥深さであり、目が離せない理由なのです。
ショートトラックの転倒や巻き添え、救済措置のルールのまとめ
ショートトラックは、猛スピードで氷上を駆け抜けるエキサイティングなスポーツですが、その激しさゆえに転倒や巻き添えは避けて通れない要素です。しかし、そこには「アドバンス」という救済措置があり、不運な事故で実力を発揮できなかった選手を救うための厳格な仕組みが整っています。このルールこそが、競技の公平性を守り、最後まで結末が分からないワクワク感を提供してくれています。
観戦中に誰かが転んでしまったら、まずは「妨害があったかどうか」をチェックしてみてください。そして、ビデオ判定を待つ数分間、リプレイ映像を見ながら救済の行方を予想してみましょう。ルールを深く理解することで、氷上の格闘技と呼ばれるショートトラックの魅力が、今まで以上に鮮明に伝わってくるはずです。次にレースを見る際は、ぜひ審判の裁定とその裏側にあるドラマに注目して、熱い声援を送ってください。


